◇9月9日金曜日。午後5時半。並盛町、沢田宅◇
「かあさ〜ん!じゃあ、行ってくるから!」
「はいはい、気をつけていくのよ。獄寺くんによろしく言ってね」
キッチンから聞こえてくる母の声に「うん」と軽く返事を返して、ご馳走の入った大きな紙袋をかかえて玄関のドアを押し開く。
今日は獄寺くんの誕生日だから、彼のうちでお祝いをすることになってる。
最初はみんなも呼んで、うちでパーティを開くつもりだったんだけど、
「ぜひうちにいらしてくださいっ!」
って、獄寺くんに熱くお願いされて、なかば押し切られるように決まってしまった。
しかも、俺が承諾する頃にはお泊り会って話になっていて、「夜通し盛りあがろうぜ〜!!」って、山本はやる気満々だ。
「誰もおめーなんか誘ってねぇよ!? 俺とじゅうだいめだけで十分だっ!」
「なんだよ獄寺〜。べつに照れることねぇだろ〜? 楽しみだよなぁ! なぁ?ツナ!」
「う、うん」
俺は体のでかい山本に肩をがっしりと捕まえられて、ぐらぐらと体を揺すられる。
(うぅ、山本、力強いよ〜。
それより山本、絶対酒持って来そうだよなぁ…。大丈夫かな…)
俺がそんなことをちょっと心配している横で、ふたりは今もギャーギャーとじゃれ合っている。
(ホント仲いいよなぁ…。山本と獄寺くん――)
俺はこうやってふたりの掛け合いを見てるのが結構すきだ。
(まぁ、当日のことはどうにかなるかな?
…あんまりハメを外したらリボーンのお仕置きが恐いんだけど…。)
俺はそんなスパルタ家庭教師のにんまり笑う顔を思い出して、思わず小さく身震いした。
「ありゃ?なんだツナ、風邪か?」
そんな俺に、すかさず山本が顔を覗きこんで、様子を伺ってくる。
「えっ!?じゅうだいめ、お体の具合が悪いんですか!?」
そんな山本のひとことに、獄寺くんまで俺の顔を覗きこんで必死になっている。
(ちょっとふたりとも、顔が近いんだけど…)
「いけません、すぐに保健室に行きましょう!
――おい野球バカ!さっさとじゅうだいめを離しやがれっ!」
すかさず山本にくってかかった獄寺くんに、俺はなだめるように声をかけた。
「大丈夫だよ、何でもないから。
―それより当日楽しみだね!何時に集まろっか」
そんなささいなことにも気付く、気配り屋の山本と、
俺を一番に考えてくれてるんだけどそれがあんまり実を結ばない、
ちょっと強面の獄寺くんに、俺は心が温かくなった。
(ふたりとも全然違うタイプの人だけど、
俺のことをすごく大事に思ってくれてるんだよなぁ…)
「ホントに大丈夫か、ツナ? 無理しない方がいいぜ」
「そうですよじゅうだいめ。季節の変わり目は体を崩しやすいですから」
(ホラね、こんなにも…)
「うん、ホントに平気なんだ。
―ちょっとリボーンの事思い出したら勝手に体が震えちゃってさ〜。
ホラ、あいつマジでおっかないから」
あははって笑い返すと、
「それじゃあ仕方ないのな」
「リボーンさんは最強の殺し屋ですからね、無理もないです」
って、ふたりして律儀に反応してくれる。
(友達ってほんといいよね…。
この関係が、ずっと続いていけばいいのに……)
確証の持てない未来のことを考えて、そんなことを思いつつも、
そのあとはパーティ当日のことを、三人で楽しく話し合った。
「それにしても楽しみだなぁ…!三人で泊まりなんて久しぶりだもんな〜」
意気揚々と家を飛び出して、門扉を抜けようとしたその時。
見慣れた黒い影が、ツナの目の前に飛び出した。
「気ぃ抜いてんじゃねーぞ、ダメツナ。あんまり浮かれてるとそのうち痛い目見るぞ」
「リ、リボーン!!」
見た目かわいい黒ずくめの赤ん坊は、ツナに向かってニヒルな笑みを向ける。
俺は心の中で「げっ!」とか「ぎゃ〜!」とか言葉にならない悲鳴をあげた。
「な、なんだよ。危ないじゃないか!
俺急いでるんだから、そこどいてくれよ」
「―ったくダメツナが。急ぐくらいなら、もう少しはやく家を出ようって気にはならねぇのか」
――ニヤニヤ。
リボーンは俺の顔を見て、ひたすらニヤついている。
その様子に、俺は思わず一歩引いた。
(こういう顔してるときのコイツは、ロクなコト考えてない…!
だから会いたくなかったのにぃ〜!)
俺はしばらく考えて、
(…触らぬ神に祟りなし。とりあえずここは強硬突破するか!?)
そういう考えに落ち着いた。
「――おい、ダメツナ。情けねぇこと考えてんじゃねぇぞ。
俺は暇じゃねぇんだ。お前に用なんてねぇ。
――それより、獄寺んちに行くんだろ?ついでにこれも持ってけ」
そう言い終わると、リボーンの振り上げた腕からバサリと音を立てて、大きな紙袋が降ってきた。
「……なにこれ?」
「まぁ、開けてみりゃー分かる。…俺とビアンキからのささやかな贈り物だ」
可愛らしい口もとに浮かぶ、心なしか楽しそうな笑み。
(―うぅ、なんか嫌な予感がする…)
「別におまえにやるんじゃねーぞ。今日は獄寺の誕生日だろ?
ちゃんと獄寺に渡せよ」
「……ふぅん、獄寺くんにね。
わかったよ、ちゃんと渡す。
―じゃあ俺、時間無いから行くからな!」
とりあえず面倒なことにならなくて良かった。
もうこれ以上変なことに関わり合いたくなくて、ツナはその場を全速力で駆け出した。
―― 一方、その場にひとり残された赤ん坊は ――。
「ったく、ひとがせっかく気にかけてやってんのに。
ダメツナの奴、ホントに肝がちいせぇな。」
教え子のはしり去った方角を見て、大きなため息をひとつ。
「――まぁいいか。
今日の夕飯はご馳走だからな」
帽子のつばに手をかけて、おもむろにニヤッと笑う。
彼は目の前の道に、もう一度だけ視線をやると、上機嫌でその場を後にした。
――真っ赤な夕日が、歩き去る赤ん坊の背中をこうこうと照らしていた。
◇午後5時55分。並盛町、獄寺宅◇
沢田家からすこし距離の離れた大きなマンション。
オートロック完備の玄関フロアを抜けて、これまた広々としたエレベーターに乗り込む。
それから5階のボタンを押して、ゆっくりと上がってゆく外の景色を眺める。
ちょうど視線の先に、ツナ達が通う並盛中があって、そのもう少し先にツナの家がある。
学校を挟んでまったく反対側なのに、毎日、獄寺くんは俺を送り迎えする。
遠いしいいのにって思って、それを申し出たこともあったけど。
でも、いざ今それが無くなったら、きっとさびしいって思うんだ。
(俺も慣れちゃったのかな…)
もうそれがあたり前の日常になってしまったから。
そんなことを考えていたら、あっという間に5階のフロアに着いて、重そうなドアがゆっくりと開いた。
そこから右手の通路を進んでいくと、509号室。これが彼の部屋。
『ピンポーン』
呼び出しのベルを鳴らしてしばらく待つと、ドアの奥で『ドタドタ、バタン、ドササッ、バタン』って
騒がしい音が聞こえてきて、俺はなんだかちょっと笑ってしまった。
(どう考えてもあわてすぎだろ。
そんなに急がなくてもいいのになぁ)
獄寺くんって一見強面で近づきにくいんだけど、なんだかそういうところが、ちょっと可笑しくて憎めないんだよね。
俺はドアから一歩さがって、それが開くのを待った。
そしたら目の前のドアが『ガチャ、ガチャガチャ』って音を立てて、ぐわっと派手に開いたんだ。
その瞬間、思わず俺は目を閉じていた。
(な、情けない…。条件反射とはいえ、思わず目を瞑ってしまった…)
「い、いらっしゃいませ、じゅうだいめ!! お待たせしてしまい申し訳ありませんっ!
ささっ、中へどうぞ」
息を切らしつつも、満面の笑顔で出迎えてくれた彼に軽くお礼を言って、
俺はドアの中へと身を滑り込ませた。
(やっぱりきれいな家だな〜)
リビングルームに通された俺は、ひさしぶりに来た彼の部屋を見て、思わずため息をついてしまった。
モノトーンでそろえた2LDK。
リビングにはソファと、ふわふわのラグの上に置かれた小さなテーブルがひとつ。
あとはテレビなんかがあるだけ。
俺の好きなゲームは、あのシックなテレビ台の下におさまってる。
(俺の部屋とは全然違うのに、なんでか落ち着くんだよな〜。
きれいに片付いてるから…?
それともリボーンがいないせいかな)
小さな家庭教師に失礼なことを考えつつ、促されたソファに身を沈めた。
「じゅうだいめ、飲み物は何がいいですか?
まだ山本の野郎が来てないっすけど、お疲れでしょう?コーラと麦茶も用意してますよ」
俺の荷物を奪うように運び入れてくれた獄寺くんが、いつの間にかキッチンから冷えたグラスを持ってきて、
テーブルの上にコツンと置いた。
グラスは白く曇っていて、数時間前から冷やしてあったことが分かる。
(獄寺くんってこういうとこ、ヘンにまめなんだよね)
獄寺くんらしいというか、何というか。
いつも一生懸命な彼らしくて、ちょっと心があったかくなる。
「じゃあ、コーラで」
「はい、分かりました。ちょっと待っててくださいね」
彼はニコッと笑うと、そのままキッチンへと消えていった。
俺はその後ろ姿を目で追って、心の中でひとりごちる。
(獄寺くんってホント綺麗なひとだよだよなぁ。
…何してても様になるし。
でも俺にはあんなに自然に笑えるのに、普段はいっつもしかめ面だもんな。
ある意味、すごいまっすぐなひとだよなぁ…)
そんなことを考えていたら、獄寺くんが奈々特製のごちそうを山盛りに盛った皿と、
コーラを持って戻って来た。
「あっ!ごめんね、俺が用意すればよかったのに、気が回らなくて…」
獄寺くんちに着いてすぐ、料理やケーキの入った荷物は彼に奪われてしまった。
祝われる方に支度をさせるなんて、なんかおかしいだろう。
「――いいえ、いいんです!
じゅうだいめがうちに来てくださっただけで、俺はすげー嬉しいんです!
どうぞそのままソファーに座っててください」
なぜか頬を淡く染めてそう言われてしまえば、「そ、そうかな」なんて気の効いた言葉は全然出てこなくて、
準備が終わるのを、俺はそのまま身を縮めて待っていた。
『ピンポーン!ピンポン、ピンポン、ピンポ〜〜ン!!』
「げっ!やっと来たか野球バカ…!
しかもふざけたことしやがって」
俺が来てからしばらくして、獄寺くんちのインターホンがけたたましく鳴り響いた。
こんなことをするのは、どう考えても山本しかいない。
俺も獄寺くんに続いて玄関に向かった。
『ガチャ、ガチャガチャ』
「―おい!うるせーぞ野球バカ!
てめぇはもうちょっと普通にできねーのかよ!」
ドアを開けると大きな包みを持った山本が、部屋前の通路をふさいでいた。
「わりぃわりぃ、なんせ両手がふさがっててさ。重いのなんの。
――ホラこれ、俺からの誕生日プレゼント!
竹寿司特製、特上ジャンボちらしだぜ!」
「…あぁ、そうか、すまねぇな。
ってお前、これただの差し入れじゃねーか!」
なんとなく予測出来たその出来事に、俺はふたりを代わる代わる見て、ちょっと笑ってしまった。
「そーなのか?いろいろ考えたんだけど、プレゼントってちっとも思い浮かばなくてさ〜。
やっぱりコレが一番かなって思ったんだけどな〜」
「……分かった。
とりあえず中に入れ。
――じゅうだいめ、お待たせしてすみませんでした。
オラ、野球バカ!さっさと始めるぞ!」
獄寺くんは山本からちらし寿司のたらいを引ったくると、ズンズンと室内へ進んで行ってしまった。
(獄寺くん、嬉しいくせに。
…ホント照れ隠しが下手だなぁ)
そんな彼を可愛く思って、「ごくろうさま」って山本に目配せしたら、
山本も同じことを考えてたみたいで、「ニカッ」と笑って返事をくれた。
そして、そんなこんなで俺たちの賑やかな宴は幕を開けたんだ。
小さなテーブルいっぱいのご馳走を囲んで、俺たちは床に腰を下ろした。
部屋奥のソファの前に俺、その右隣りが獄寺くん。そして左隣が山本だ。
ふつうは今日の主役が真ん中だろうと思ったんだけど、獄寺くんがこれでいいって言うから、
とりあえずこのまま落ち着いてしまった。
「じゃあ、獄寺の誕生を祝してかんぱ〜い!!」
席について早々、ビールを開けてほろ酔いの山本が、勢いのまま乾杯の音頭をとった。
「――っておい!
なんでテメェが仕切ってんだよ!」
すかさず獄寺くんが吠えたけれど、俺がなだめると彼は仕方なさそうに小さくなった。
「ええと、早速だけど今度は俺からのプレゼントね。
実を言うと俺も何をあげていいのかわからなくてさ。
それでコレ、誕生日ケーキ!」
ニコッと微笑みかけると、彼は途端にびっくりしたような顔になった。
「うちで母さんと作ったんだ。…おいしいといいんだけど。
じゃあ、火つけるね」
俺は感激そうに見つめてくる獄寺くんに微笑み返すと、
歳の数だけろうそくを刺して、火を灯していった。
「よし、電気消すぞ〜!」
すかさず山本が動いて明りを消してくれる。
その儚い光の中に、獄寺くんのきれいな輪郭が、淡く浮かび上がった。
「この歳でちょっと恥ずかしいけど、お決まりだし。
――せーのっ!」
俺は山本と一緒に定番のバースデーソングを歌った。
それとともに、心なしか淡く浮かぶ獄寺くんの瞳が、若干潤んできたように見えた。
「誕生日おめでとう、獄寺くん!」
「獄寺おめでとな〜!」
俺たちは口々にお祝いの言葉を述べると、こっそり用意していたクラッカーを派手に打ち鳴らした。
それに当の獄寺くんはと言うと、半ばボー然としている。
――目に涙を浮かべて。
「ホラ、獄寺くん。火を消して」
そんな彼に俺が小さくささやくと、彼は弾かれたように俺を見つめて、
赤く頬を染めながら一気にそれを吹き消した。
山本が電気をつけ直すと、案の定彼は泣いていた。
それも、ものすごい号泣だ。
鼻水も涙も垂れ流し。
「じゅうだいめ、俺嬉しいッス…!
じゅうだいめが作ってくださったケーキを囲んで、じゅうだいめが俺のために歌をうたってくださって、
いままでのどんな誕生日より、俺の特別になりました…!」
「――おい獄寺〜。俺もいんだけどな〜」
「うるせぇ野球バカ!ちっと黙ってろ!」
「はいはい、獄寺くん。とりあえず鼻水かもうか」
俺がティッシュを取り出すと、彼は素直にそれにしたがった。
『チ〜ン』
「獄寺って感激屋だよなぁ〜!おもしれーの!」
「うるへぇ、やきゅうばか!おめーに俺の気持ちがわかってたまるか〜!」
そんな二人の掛け合いを俺は微笑ましく見つめながら、
(獄寺くんってちょっと生い立ちが複雑みたいだし、
こういうパーティって初めてなのかな…?
こんなに喜んでもらえるんなら、来年はやっぱり他のみんなも呼んで、
うちでパーティーをしてあげよう!
…きっとその方がいいよね!?)
――と、のほほ〜んと考えていた。
そう、この時までは………!
つづく